"Rectangle" spring issue, 1986
僕 は 見 た
青 い 空 に 白 い 雲
黒 い 蝉 に 黄 色 い ヒ マ ワ リ
僕 は 見 た ・ ・ ・ 銀 色 の 巨 大 な 鉄 の 鳥
雲 に 飲 み 込 ま れ て は 吐 き 出 さ れ る
何 度 も 何 度 も
僕は見た
鳥 か ら 生 ま れ た 白 い 卵
僕は見た
落ちてくる
ゆっくりと
ゆっくりと
僕は見た
太陽百万個分の閃光
何千ものプロミネンスの破裂
垂れ下がった肌、ガラスの針のハリネズミ達
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どうも日本語にしてしまうと、形が巧く表せなくて、多少読み辛いものになってしまいました。この詩は光栄な事に、アメリカの大学400校が加盟している、English Honor Society であるΣΤΔ(シグマ・タウ・デルタ)が年2度出版している文学雑誌、「Rectangle」に掲載されました。僕はこの詩をVisual Poemと呼んでいますが、視覚的にも意味を成すように、工夫してみました。読んでもらえればお分かりのように、これは原爆を題材にした作品です。
僕の母は、幼少の頃に、長崎で原爆にあっています。僕の祖母が原爆が落ちる10日前に、「10日以内に長崎市内から離れなさい」という夢を見て、それを信じた祖母が皆を連れて市外へ出てすぐ原爆が落とされました。そのお陰で母は、肩に少しやけどを負ったぐらいで済みました。何とも不思議な話ですが、僕としては戦争を体験してはいないものの、そんな祖母や母がいたから今の自分がいる・・・そんな自分の命の有り難みを感じない訳にはいかないのです。原爆症で苦しんでる人はいまだに沢山います。また、原爆だけでなくても、放射能汚染によって被爆している人が大勢います。今や原子力なしで人間は生きては行けないのも事実でしょう。しかし、その恐ろしさを僕達は忘れてはいけないと思うのです。現時点では大量に生産される放射能物質を、本当の意味で処理する方法はないそうです。それを海に捨て、あるいは地中深く埋めてしまえばそれで良いのでしょうか?海中に繁殖する巨大なイソギンチャクや、道ばたに巨大なタンポポが咲いているのが、当たり前の世界になってしまうのでしょうか?冷戦はなくなったとはいえ、インドやパキスタン、イラクや北朝鮮のように何を考えているのか分からない国はまだまだ沢山あります。ロシアから流出した核はどこに行っているのでしょう?たとえ核戦争にならなくても、この間のような事故はいくらでもあり得ます。何だか書いていて恐ろしくなってきましたが、僕はこの詩で、自分が体験してはいなくても想像の中で被爆した僕のイメージをなるべく強烈に書き表したかったのです。